#Blog乗車率

旅の記録用のブログです。タイトルのBlog乗車率はTwitterのハッシュタグのもじりです

夏旅 2日目(9/2)

 2日目の朝を迎えました。

 実はこのホテル、ちょうどえちごトキめき鉄道妙高はねうまライン日本海ひすいラインが分かれる分岐点の近くにあるんですね。だから夜中も貨物列車がひっきりなしに通る。

 まあそれはいいんですが、線路沿いなのに駅から離れてるってこの歩く距離非常に無駄だなあと思うんです。ちょうど電停と電停の間ぐらいにあった前住んでた家とかね。歩ける距離ならまだ許せるんですが、イオンモール苫小牧、お前はダメだ。

 と気を取り直して旅の2日目。この日は日本海側を北上しました。これから使うのは北東パス(北海道&東日本パス)

 始まりは直江津駅から。ここも完全に三セクの駅って感じです。北東パス買ったんですけども。

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さて乗るのは8621M(糸魚川快速)。スーパー白鳥亡き今唯一の485系定期運用ですが、2017年3月4日のダイヤ改正で廃止されるとのこと。

一本後の115系快速で優勝してもよかったんですが、せっかくなので特急型に乗ってみることにしました。

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485系R26編成

 さてこの列車、グリーン車は自由席なので北東パスに課金してもよかったんですが、普通車もガラガラですのでグリーン車のすぐ前(一番後ろの車両の真ん中より)に席をとりました。

 これに2時間ほど揺られて新潟へ。快速くびき野が消滅して代わりに115系快速がほとんどになりましたが、これは北陸新幹線開業後も生き残ってたので、特急用車両に運賃だけで乗れる数少ない列車になりました。この手の列車もどんどん数を減らしていくんでしょうか。

 

新潟に着きました。駅前の連節バスの圧倒的存在感。

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新潟って感じです(何が)

 

さて、ここから越後線で少し戻ります。というのも、次の村上行普通は越後線から直通なので。

さてその列車のホームへ。・・・・あれ?

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N38編成......お前、昨日上越妙高から直江津まで乗ったよなぁ?

115系1000番台トップナンバー。國鐵新潟ももうしばらく続きそうかな?

1530Mで小針へ。小針の次の寺尾で乗車予定の列車と交換するはずなので、ここで下車します。

小針からは1933Mで村上まで行きます。E129系の4両編成(B10+A19)でした。

新潟にも車両更新の波が確実に訪れています。

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車内はいっぱいというほどではなかったんですが、新潟から向かいの席におばあさんが座ってきて中条まで乗ってたので、大きな荷物を抱えているがためにその間席を動けませんでした。そのため、乗車率調査は中条を過ぎてからすることに。その頃には4両編成の列車の乗客は50人にまで減っていました。

 そして村上に着きました。そういえば村上駅村上駅弁売ってな〜いとか言って困ってる人がちょっと前にいた気がしますが、僕は駅弁を全スルーして次の列車へ。次の列車はキハE120あたりを想定してました。

...........お 前 か よ

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意外と運用残ってるもんだなあ

まあこれ(827D)で酒田まで行きます。

桑川に到着。笹川流れが列車から見えるっていうけど........どこだ?

よくわからないまま今川に着いちゃいました。

しばらく走ると列車は勝木(がつぎ)駅に着きます。広島市民(のバス路線オタク)だとついつい「かつぎ」って読んじゃいますが。

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さて、県境を越え山形県に入り、あつみ温泉でしばらく停車します。ここも昔は寝台特急が停まっていたのでホームが長かった。

 

そして、列車は終点酒田へ。酒田には、やっぱりこれがいました。

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現在酒田に来る唯一の485系ですね()

子供の頃家に貼ってあった列車のポスターの一番最初がこれだったので、名前だけは妙に記憶に残ってる(乗ったことはない)

 

小砂川で数分停車。特に交換するでもなく、発車したのが不思議でした。

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日本海に沈む夕日。綺麗ですね(上手く撮れてない)。

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そうしてるうちに秋田に到着。やばい、今日普通列車5本しか乗ってないのにもう1日の行程が終わってしまった。

明日は、いよいよ合宿です。この日の宿は駅前のα-1。

夏旅 1日目(9/1)

 やっと旅の記録の本題に入れる。

 ここまで前置き長かったなー。

 さて、これらのきっぷ、全部1日で使い切ることになる。そして翌日からは怒涛の北東パス移動だ。

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自宅から最寄りの広電電停に行き、そこから横川駅へ。広島駅へ出ても運賃的には変わらないが、早く着く場合が多いので遠距離の場合はこっちを使うことが多い。

 乗った広電の車両は1001。導入されたのは中3*1の2月だった。当時は新鮮だったけれども、現在では編成が増えてすっかりお馴染みになった。ただ、初期に導入された車両の塗装は1001と1002しかないので、ある意味異端ではある。

 次に乗ったJRは2746M。朝しかない梅林始発の列車である。来たのは113系P-05編成。昼間はほとんどが227系に入れ替わった可部線だったが、國鐡廣嶋もまだまだ現役である。

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黒字に白幕である。かつて広島の電車にこの手の幕はなかったはず。

 

 さて、新幹線ホームに上がる。新幹線は今回の旅の列車選びでおそらく最も自由度が高いが、新大阪までのぞみでは芸がないし、かといってこだまでは遅すぎる。ひかりは事実上こだまに統合されたようなものだし、結局乗車するのはさくらとなった。

 さくら540号新大阪行。N700系8000番台R7編成、九州車である。

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九州各県のゆるキャラが勢ぞろいである。

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「あなたの旅が九州を元気にする。」

「九州」を「北海道」に変えてH5系*2の車体に貼ってみるのはいかがだろうか。

 

さて、これで新大阪まで向かう。車内では、初めてのシンカンセンスゴクカタイアイスを食べた。新大阪でサンダーバード15号和倉温泉行に乗り換え。9両編成だったが、6両+3両だった。後ろ3両は金沢切り離しである。

 5年ぶりの北陸である。あの時はまだ新幹線は建設中だった。もっとも、今回の旅行をただの「通過」と捉えるか「訪問」と捉えるかは議論の余地があるが。

 あの時は行きは福井のみ停車のサンダーバードに京都から金沢まで乗った。帰りは能登半島に行って和倉温泉からしらさぎの自由席で米原まで行ったはずである。敦賀あたりから立ってたような気が。米原からみんな上り新幹線に乗り換えたので僕たちが乗り換えた下りひかりはガラガラだった。

 そういえばその時の写真を漁っていたらこんなものが出てきた。

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485系北越、記憶にある限り485系に乗った最初の時である。なお区間は金沢→津幡。

 さてそれから5年経ったサンダーバードだが、車両は683系基本番台だった。

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自動販売機・跡

 

さて金沢駅に着いたところで、列車切り離し作業を見るため連結部へ。しかし作業員はいくつか作業を行っただけで車両の位置になんら変化はない。そのまま発車時刻となり、前の6両は和倉温泉へと向かって行った。そして駅には後ろ3両が残された。

 自動連結器は偉大だけれど、北海道の留萌本線で毎日行われていた*3併結・分割作業を目の当たりにするとこれは少し物足りなく感じる。あと停車時間14分もいらないでしょ。

 

 金沢では、少し時間に余裕がある。条件は新高岡17:04発のはくたか572号に乗ること。しかし乗車券・特急券は新幹線分しかない。個人的にはつるぎの車両締め切りがどのようになっているか見たかったので、金沢-新高岡間はつるぎに乗ることは決めていた。しかし金沢駅を30分で見るのは難しいと考えたため、つるぎ714号に乗ることにした。

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ホームに上がってみると、E7系が停まっていた。

さて締め切り扱いとなっているはずの12号車(グランクラス)を見てみる。f:id:Riding_rate:20170129010632j:plain

ドアが、開いている。

もう一度言う。

締め切りになっているはずの車両のドアが、開いている。

まあだからなんだというわけではないけれど、さすがにガバガバすぎないだろうか。

ちなみに他の車両(8-10号車)のドアも全く同様であった。

車内のドアを閉めてたんだろとおっしゃる方、車内のドアを閉めたら孤立したグリーン車の検札どうすんのよ。ちなみにこのグリーン車、金沢発車時点で乗客が2名いらっしゃった。

 7〜1号車の乗車率調査を終えると新高岡に着いた。

 しかし、新高岡駅周辺には何もない。そこで新高岡から列車に乗って南北どちらかに向かうことにした。砺波方面は接続が悪かったので、氷見方面に向かうことにした。

 片道360円を払い、344Dに乗車。3分で高岡に到着。キハ47基本番台2両に乗客は21人だった。5分の乗り継ぎで駅の543Dへ。荷物が重いので乗り継ぎは若干不安だったが問題なくいけた。こちらはキハ40形2000番台。当初40人以上いた乗客は終点到着時には26人にまで減っていた。なんだか輸送力過剰な気がすると思いつつ終点氷見に到着。7分で折り返しとなる。

 と思っていたら折り返し列車542Dには氷見から観光客と思しき人がたくさん乗って来た。べるもんたの帰りだろうか。

 ところで、氷見線では「忍者ハットリくん」の放送が流れるが、キハ40のエンジン音のため行きはほとんど聞こえなかった。しかし帰りはその放送の一部を聞き取ることができた。

www.youtube.com

 しかし僕はここで疲れからか不幸にも乗車率調査を忘れ居眠りしてしまう。ふと目が覚めたのは越中中川だった。

 車内がやけに騒がしい。乗客は先ほどまで40人くらいしかいなかったはずだが、ふと目を開けると車内は高校生で満員になっていた。

 要するにこの列車は通学列車だったのだ。そして、高岡-新高岡で乗車した城端線349Dは、なんと3両編成であった。やはり通学需要というのは侮れないものである。

 

 さて新高岡駅に戻り、はくたか572号に乗車する。E7系F10編成であった。しかし普通車の乗車人数は126人と意外と少ない。北海道新幹線でいえばはやて93号*4レベルである。まあ富山・金沢から東京方面に急ぐ人はみんなかがやきを使ってしまうからなのかもしれないが。

 さてどのタイミングで乗車率調査をしようか。調べるなら富山以東の方がいい(地域間移動が少ないため)が、富山-黒部宇奈月温泉、黒部宇奈月温泉-糸魚川糸魚川-上越妙高はほぼ所要時間がいずれもほぼ同じである。県境を含む黒部宇奈月温泉-糸魚川がベストだろうと思っていたら、黒部宇奈月温泉を出た直後に車内販売が回って来た。山陽新幹線北陸新幹線のシンカンセンスゴクカタイアイスを食べ比べようと思っていたから、これは外せない。仕方ないので、乗車率調査は糸魚川-上越妙高となった。

 感想から言うと、北陸新幹線のアイスの方が固かった。

 そして乗車率調査を終えると、上越妙高についた。完全にJR東日本の駅であった。

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しかしそれより驚いたのは、えちごトキめき鉄道有人改札だったことである。まあ自動改札を導入するほどの駅ではないが、新函館北斗のように在来線も合わせて自動改札になった印象があったので意外だった。 

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3375Mで直江津へ。この列車は新潟まで直通して快速になるが、今日は直江津で降りる。車内は高田から高校生で混雑していた。車両は115系1000番台トップナンバーユニットのN38編成であった。

*1:2013年

*2:北海道新幹線の開業に合わせてJR北海道が用意した新幹線用車両

*3:現在は留萌-増毛間が廃止されたので行われていない、はず[未検証]

*4:盛岡始発のはやて。北海道新幹線下りでは次発に相当する。

やっと夏旅の話

 さあ、やっと本題の夏旅の話。

 実際Twitterの「#log乗車率」を遡れば乗った列車の記録はだいたい出てくるんだけども、列車に乗った以外のところはほとんど出てこないので、それ以外のところも記録していかなきゃ(使命感)

 当初は、青春18きっぷがあと3回ぶん余っていたので、じゃあ18を3日ぶん+北東パスでどうにかなるかなあとか、18で行けるとこまで行って後スル関*1で無駄に関西私鉄を乗り回してこようか*2とか色々考えたが、JR西日本株主優待券が手に入ったので、それでJR西日本の行けるところまで行き、その境目付近で宿泊して、翌日から1週間北東パス*3を使うことでなんとかなることに。あとは宿だけども、これはα-1に2連泊することで解決した。

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これから5日ぶんの食事を買いに、実家の向かいのスーパーへ。消費期限まで5日以上あるスナックパンは登山の遠征に行くときによく食べたけど、こういうときにも役に立つのか。

必要な荷物を登山用の60Lのザックに詰め込んで*4床に就いた。

 肝心の旅の話は、残念ながら次回以降に持ち越しとさせていただく。

*1:スルッとKANSAI。関西圏の私鉄が乗り放題になるきっぷ

*2:後述の豊橋鉄道合宿が9/10で、その日が青春18きっぷの通用最終日であるため。仮にその日泊まりとなれば、翌日18きっぷを使わずに広島まで戻ってくる必要があった。

*3:北海道&東日本パス。1週間、JR東日本JR北海道青い森鉄道IGRいわて銀河鉄道などの三セクが乗り放題で大人一人10,850円。期間が連続、一人で使い切らなければいけないなど制約もあるが、18きっぷより安く、北海道新幹線特急券を足せば乗れることなどアドが大きいため、長期にわたって旅をする人に人気である。

*4:これは高校の登山部で大山に登る際にOB枠として参加するためにコミケのときに持って帰ってきていた。一度札幌に帰るのは確実だったのでこれを利用してザックを札幌に輸送することにしていた。

旅の記録の意義、とは

  というわけで、前回夏旅の記録を残すという記事を書いたんですが、そもそもなんで夏旅なのかと、お前それ以前にも新幹線とかコミケとか行ってるだろうがと言われれば、それはその通りなんですが、それを書き出すと「僕の旅はどこから記録していけばいいのか」という終わりなき問いが始まるんですね。

 

 大学生になってからという基準でみれば、サークルの新歓があって、新幹線があって、小幌ジンパがあって、日高留萌に足を運んでとまあよくもこんだけ旅に出れるなってレベルで旅に出てるんです。そのくせ家から1kmちょっとしか離れていない大通にまだ片手で数えるぐらいしか行ったことないんですが。

 さらに一人旅という基準でいくと高1の夏休みの話が出てきます。この時青春18きっぷを山口で落として親に迎えにきてもらいましたね。それ以来大学に入るまで長距離の一人旅はさせてもらえませんでしたが、高校の友達と東京行ったりとかはありました。

 で、家族旅行とか親との旅行となると記憶が定かではないレベルまでたどらなければならない。

 こんなことになるのは避けたいと思うので、とりあえず記録に残すべき旅を最初にしようかなと。

 で、可部線の取材とか高1のとき成し遂げられなかった青春18きっぷの旅とか高校の同級生との三江線旅行とかは期間短いし、会誌の中でそれなりにまとまっているので、残すとしたら夏旅になるんじゃないかなと思いました。(青春18きっぷの旅は記録になってないが)

 まあ夏旅も全く会誌に反映されてないわけじゃないんですがね。

ブログ始めました

 こんにちは。乗車率と申します。

 なにやらオタク界隈ではてなブログを始めるのが流行ってるらしいので、流行に乗って(?)始めてみました。

 僕は今までブログもやったことないしホームページも持ってなかったんですが、Twitterだとどうしても旅の記録とか流れていっちゃうんで、旅記録を残す場所にしていければいいかなと。スマホの電池切れると旅の記録をTwitterにあげることは出来なくなりますし、後でまとめてあげるのもどうかなと思うので

 大学のサークルの会誌に自分の旅の記録を残せれば「おお〜」とはなるんですが、実際会誌はそんなことをする場所ではないのでね。

 というわけで、僕はこれから旅の記録を(一部思い出しつつ)出していこうと思います。

 で、最初の旅はというといきなり大昔になるんですが、2016年の夏休みに行った旅を(2016年9/1-9/10)やってみようかなと